公開質問状に対するコメント

2020年4月13日版

文責:佐藤彰洋 (ahsato@yokohama-cu.ac.jp)

2020年4月9日付で本堂氏、佐野氏、松下氏から提出された公開質問状に対して、個人的にはすでに質問に対して回答を行っておりましたが、公開の場で疑問が提示されたことについて大変不本意であり、大変遺憾です。

現在我々が一義にするのは、感染拡大を抑止することであり、この問題を解決することと理解します。

私はこれから感染される可能性のある方を一人でも減らすために最善の検討を尽くし、感染された方が一人でも生命の危険を避けることができるように研究調査を行うことが重要であると考えています。

この大規模災害を未然に予防する観点から検討資料を作成し、この緊急事態下において知見を共有するべきとの認識を持って、この研究資料を作成しています。

公開質問として提示された質問事項に関して、以下私の見解を述べさせていただきます。

問題点①数理モデルについて

実は、SIRモデルについては、総人数N(t)については質量保存則を必ずしも満足しなければならないわけではありません。このモデルはある領域(この場合都道府県)における、人口をN(t)として、そのうち未罹患者数S(t), 感染者数I(t), 回復者または死亡者R(t)として分類してモデル化しています。

移入を考えると、S(t), I(t), R(t)は出入りすることにより時間的に変化し、その結果、ある領域内の総人口N(t)についても、時間的に変化します。このモデルは社会系のモデルであり、物理系のモデルと異なるのです。移入の問題を考えると、このモデルの文脈においては、必ずしても質量保存則dN/dt=0を満足しなければならないというものでは本来ないはずということは判断付くと思います。

ご専門が物理の方であるので、この社会的な問題について前提条件に対して大きな誤解をされての質問であると考えます。

計算的には、SIRモデルの拡張により、以下のようにして、総人口N(t)が時間的に変化しても計算を行うことが可能です。

S(t) = N(t) - I(t) - R(t)

この計算で、S(t)を計算することによりS(t)+I(t)+R(t)=N(t)を常に満足するように計算をすすめることができます。実際、そのように計算を行っています。

但し、S(t)I(t)/N(t)によって未罹患者の減少分を時刻tで計算し、これを全ての系列をメモリに保管したのち、時刻tにおける感染者の増加分に対しては、メモリに保管した\tauだけ過去の未罹患者の減少分S(t-\tau)I(t-\tau)/N(t-\tau)を時間遅れを考慮して感染者数に増加分として加算する必要があります。

また、利用できるデータが限られているということ、実際に計算に利用できる資源の問題、人的な時間的制約条件で、現在このシミュレーションを行わなければならいことから、現在の計算では「移動が存在しな」いとして仮定をおいて、モデルの単純化を行っています。このことは、モデルの説明にも述べているとおりです。

そのため、N(t)の初期値N(0)=N_0として計算しています。死亡者分だけN(t)N_0から減少していきます。また、計算結果からもN(t)の変化はシミュレーション期間において、生じていないことを確認しています。ちなみに、このN_0総務省統計局公表の国勢調査に基づく都道府県ごとの総人口またはGPSデータを用いて推計される昼間人口として与えます。

問題点②時間遅れの扱いについて

遅れ付SIRモデルは、前述でも述べましたがある時刻tにおいて、未罹患者と感染者との接触が生じることによって感染者が発生すると考えます。このとき平均場近似的には、名目上の接触断面積S(t)I(t)/N(t)に比例して単位時間あたりに感染される方が新たに生ずると考えます。この比例係数が感染率\alpha(t)です。感染率\alpha(t)は人々の振る舞い方、密集の度合い、社会の構造、ウイルスの性質によって時間的に変化し得る値です。時刻tにおける未罹患者と感染者とが接触しますが、発見される直前まで感染力を有するため、この接触断面積に作用する感染者数は時刻tにおける未罹患者数S(t)と同時刻の感染者数I(t)であると仮定します。

ただ、この項については様々な解釈が存在し、モデルの意味づけとも関係します。遅れ時間\tauとし、S(t)I(t-\tau)/N(t)に比例して新規感染者が生じると記述するモデルでは、感染力を有する感染者は現時点における感染者数ではなく、時刻tから\tauだけ過去の時点において感染した感染者数I(t-\tau)までしか感染力を有していないと考えてモデル化をしています。この違いは不顕性感染者の感染能力期間の仮定の違いから生じています。

今回のCOVID-19では、症状がそれほどない状況において、感染者として確定される14日以上前の一見健康そうに見える状況でも感染力を有していると考えるほうが状況証拠的に妥当です。そのため、時刻tにおいて感染力を有している感染者数I(t-\tau)が時刻tにおいて感染力を有していると考える場合、I(t-\tau) \leq I(t)と感染者数が増加する局面では、過小評価であると考えます。結果、感染者として確認される寸前のI(t)が感染力を有する人数とするのが現実を過小評価しないため、適切であると考えました。

より詳細なモデル化を行いたい場合には、時刻tと時刻t-\tauの中間での時刻\tau_m (0 < \tau_m < \tau)における感染者が未罹患者と接触するとして、感染から、感染者として確認されるまでの感染力を有する時刻における感染者数I(t-\tau_m)によって接触断面積をS(t)I(t-\tau_m)/N(t-\tau_m)で見積もることが適切であるとも考えますが、その場合どの時点での人口で規格化するべきかについては熟慮が必要となります。

現在の我々の状況では失敗が許されないため、最悪シナリオによる評価を行うことが必要です。そのためS(t)I(t)/N(t)に比例して感染する人が生じるという最悪状況におけるモデルを現在は採用しています。COVID-19に対してはS(t)I(t-\tau)/N(t)に比例して感染する人が生じるというモデルではこの現象を過小評価しすぎていると考えるからです。

モデリングにおいては、常に現実を捉えるときの理解と表現という記述の有する主観的部分は完全には排除することはできないと考えます。そのため、全てのモデルは近似精度の違いがある近似であるということは事実です。モデルの良しあしは現象をどれほど近似できているかにありますし、最悪シナリオと最善シナリオの間が実態であるとみるのがよいと考えます。

今回の緊急事態のもとでは、我々全ての生命の危機にあると考えると、モデリングは過大評価は許されることがあっても、過小評価は失敗が許されない状況では慎むべきであると考えます。よって、私は安全性を最大限に考慮した過大評価のモデリングを基本的指針として採用しています。

更に、遅れ時間付き常微分方程式に対する強い非線形性効果の発現ついては言及されているとおりです。現在我々が直面しているCOVID-19の感染拡大というこの現象を理解するには、遅れ時間による非線形性が本質的に重要です。

この遅れ時間の非線形効果を十分に捉えていないモデルでは、あらゆる判断を誤るといっても過言ではないのです。

実際イタリアでロックダウンを開始してから、10日後ほどから1日当たりの新規感染者確認数の減少が確認され始めているように見えますが、よく見ますと振動しながら、4000名前後で増えたり減ったりを繰り返しているのです。これは、遅れ時間による非線形振動現象であると私は理解しています。

一旦、爆発的感染の拡大により社会全体にCOVID-19が蔓延始まりますと、ロックダウンをしましても、この非線形振動を打ち消すだけの取り組みがなければ、終息させることは不可能であり、我々には制御できないことを意味しているかもしれないのです。なので、我々はこの最後の瞬間に精一杯できることをできる限りしなければならないと考えますし、そのためには、分かりえる範囲での最悪評価のモデリングにより分析をし、それを共有して議論することには意味があると考えます。

イタリアにおける新規感染者数の日次時系列(worldmeterより転載)

問題点③ Cross Validation(交差検証)について

Cross Validation (交差検証)とはデータの部分集合により予測モデルのパラメータを推定し、残りのデータを用いることにより、予測モデルの予測誤差を評価することにより、予測精度を定量的に検証する方法です。

今回の場合は、ある時点までの日次累積感染者確認数のデータを使い、モデルパラメータの推定を行い、その後の日次累積感染者確認数の予測誤差がどの程度であるかを定量的に検証することがCross Validation(交差検証)となります。

私は、これまで、都道府県のシミュレーションによる検討においてこの作業を繰り返してきました。具体的には、現時点における利用可能な日次累積感染者確認数のデータを使ってパラメータを推定し、その後日々データが更新されるごとに、プロットをうち、過去に予測した将来予測値がどの程度一致しているかを確認する作業を続けてきました。この作業こそが、ご指摘のCross Validation(交差検証)にあたります。

例えば、日刊工業新聞に掲載された記事は2020年4月10日に累積感染者確認数を5000名超過と見積もっていましたが、これが実際とどの程度一致したかの確度こそが、Cross Validationの評価値です。

モデル推計による予測に反して、実際にはその1日前の2020年4月9日に累積感染者確認数が5000名を超過してしまいました。残念ながら、私のモデルでさえ、このCOVID-19の感染拡大について過小評価していると結論しています。

過小評価の可能性については、空間汚染の効果に関する検討で検討しましたとおりです。感染者確認数が多い地域においては、環境中の感染者が排出するウイルスにより、空間中の様々な場所(机、いす、ドアノブ、スイッチ、自動販売機のボタン、エレベータのボタンなど)でのウイルス蓄積が生じていると推察しています。その結果、モデルで前提条件としているヒト-ヒト感染とは異なる、モノ-ヒト感染という別の感染経路の効果が実は存在しています。

感染者確認数が少ない場合には、空間中のウイルス蓄積は極めて限定的であり、モノ-ヒト感染の頻度は少なく、無視することができるとして問題ないと考えていました。しかしながら、感染者数が多くなるにつれて、ウイルスの空間蓄積の効果が顕在化していき、モノ-ヒト感染の頻度が上昇していることが過小評価につながっていると考えています。

最後に一点付け加えますと、我々の目的はこの感染拡大を終息させることなのです。Cross Validationを精緻に行って予測精度を高めることが目的ではないのです。もし、Cross Validationを精緻に完了できないと公開して状況共有することができないとすると、この分析結果を明らかにし、より多くの方がその将来の危険性を協力して回避し、感染リンクを成長させず、感染されている方が医療にかかり生命を保つことに資する活動ができない。現在我々はそのような緊急事態の中にいると理解するべきなのです。

問題点④ 予測に、「最悪条件」を用いている点について

私のモデルは一つのモデルというご指摘は当然です。モデリングには常に、前提条件や仮定が存在しており、それを明示しておくことが逆にとても重要です。

一度感染した感染者は再発や再感染が実際に確認されており、回復者に免疫があるかについてはWHOも不明であると警告しています。更に、現在のPCR検査の感度が60%~70%であるので、ウイルス消滅として現在採用されている定義ですら、(1-0.7)^2=0.09(9%)~(1-0.6)^2=0.16(16%)が偽陽性となるため、2回のPCR検査でともに陰性が確認され、退院される方のうち、実際には回復しない状態で最大16%の方が退院しているとの指摘もあります。現時点で、回復と判定され、退院しておられない方が相当数おられること考慮すると、今後時間が経過していくにつれ、その再発率・再感染率は上昇していく可能性についても考えるべきです。なので「一度感染した感染者が今回のシミュレーション期間である数カ月か感染力を有するというシナリオ」を想定することは、我々の行動を決定する上で十分想定しておかなければならないことであると考えます。

そうでなければ、必要な医療容量の上限値を過少評価してしまうことになる。過少評価して見積もった将来感染者数は、危険な状況が発生しないようにするための医療容量の準備目標値になりえないのです。

我々は、未知のウイルスに対峙しているのです。まだ、それでも考慮できていないことがあるはずなのです。なので、最悪の状況を想定したモデルを考えることにより、過小評価して失敗することができない状況で、未然に失敗しないようにシナリオを明らかにしてシミュレーションし、その結果を検討しておくことは重要なことであると考えます。

現在、「失敗」は我々の消滅を意味する状況にあるのです。最悪条件で危険回避的に行動することが当然検討する上では重要なのです。現実を過小評価してシミュレーションすることにより、過小評価して行動することにより、我々が「消滅」することは決して避けなければならない。

上述のように、東京都においては医療容量が超過する寸前のひっ迫した状況です。また、検査容量についても、毎日確認される感染者の数にほぼ接近しており、検査で確認される感染者数はすでに母集団である環境中の感染者数の増加を十分に捉えられていないと考えます。現在使用しているモデルを用いた推計方法では、累積感染者確認数(標本)の増加傾向が環境中の感染者数(母集団)の増加傾向を捉えているとして、モデルにより推計したパラメータが母集団の状況を推計できていると仮定しています。

すでに東京都においては、調査能力を超過しつつあり、モデルの仮定である標本調査としての感染者確認数の増加傾向が母集団としての環境中の感染者の増加速度(感染リンクの成長速度)を的確には捉えられていない状況であると考えます。

更に、これほどの感染者が確認される状況では、前述のとおり、空間汚染の効果に関する検討で検討しましたとおり、空間でのウイルス蓄積が当然生じていると考えるべきです。そのため、モデルで前提条件としているヒト-ヒト感染とは異なる、モノ-ヒト感染という別の感染経路の効果を無視していることから、モデルはすでに過小評価となっていると理解します。

このような危険な状況においては、もはや、私が推計に利用しているモデルでは、ご指摘の通り日本学術会議の「科学者の行動規範」にあるとおり、公共の福祉に資することを目的としての研究活動として、客観的で科学的根拠に基づく公正な助言ができないと判断します。

すなわち、最悪条件を想定した推計となっておらず、推計結果を利用される方々の安全が確保できない状況であり、モデル適用外の状況と考えます。そのため、ご指摘に従いまして、モデルが過小評価となっていると判断し、以後、東京都についてはモデル適用外としてモデルによる予測推計を執り行わないこととします。

以上